昭和初期の黒川銀座 rijichou2021年12月31日2022年5月1日 コメントはまだありません黒川銀座、北摂アーカイブス 戦前までは妙見信仰が盛んで、大阪の船場の商人さんたちを中心に、毎月月末には能勢の妙見山に大勢がお参りに訪れました。お参りの帰りに食事をしたり宿泊したりするのが今で言う“レジャー”で、黒川の妙見ケーブルの駅前の通りには料理屋や旅館が立ち並んでいました。大勢のお客さんで大変賑わっていたので「黒川銀座」と呼ばれていました。 昭和初期?の黒川銀座(坊之本正雄氏提供)撮影時期不明(坊之本正雄氏提供)ケーブルの駅の近くにあった数珠を売る店で(北野正氏提供) (左)昭和初期 (右)2021年 \ 最新情報をチェック /